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疑問の勉強

興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ

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原発事故収束できない。。。原発やめて

あー、久しぶりだ~。
最近はいろいろなものが出てきて、ついこっちの方は疎かになる。とはいえ、長い文章が書けるというのは魅力だから、またこうしてここに書くというわけだ。

最近気になるものは、やっぱり原発の事とか、地震の事とか。昨日も淡路島で地震があった。阪神大震災からかなりの時間が経って東北の地震があったけど、また淡路島であるとはちょっと思ってなかったなあ。
やっぱり日本は地震国だ。どこが安全とかいうことはないんだろう。今回の地震も未知の活断層が動いたとか書いてあったけど、どこで何があるか全くわからないわけなのだ。
原発事故の方は全く解決されていない。汚染水のタンクが壊れて大量の水が漏れ続けているらしい。他のタンクに移そうとしてもそっちも壊れてて水漏れしてるというし、まるっきりどうしたら解決できるのかわかってないのだ。経産相だって何とかしなくちゃダメだと言ってる。原子力規制庁も様子を見に行って、このままではやばい、何とかしろ、って言ってる。いつも大げさに言わないのに今回はこのままじゃいかんとかなり言ってるからよっぽどの事なんだろうと推測する。水の中には沢山のストロンチウムやトリチウムっていうのが含まれている。トリチウムは水そのものだから取り除くことができない。
この水をどうしたらいいか、解決方法はちっともわからないんだ。

原発事故の恐ろしさがこんなにはっきりしてるのに、政府と電力会社はまだ推進とか早い段階で再稼働させようとか思ってるみたいで、全く理解不可能だ。何で見切りをつける事ができないんだろう。
日本人の食べ物に放射性物質が含まれるのは防ぎようがない。何でこんな物のために国民は体を張らなくちゃならないんだ。
本当に考えるだけで未来は暗澹としてる。きれいな土地や空気や水があればいろんなものを栽培してそれを食べていくっていうことだってできるのに、その方法を奪われるなんて、なんともはや…。
こんな世界は絶対望んでいた世界じゃあありませんから。
ともかく原発はもうやめてくれ。
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原発はやめるべきなんだ

安倍政権は原発を推進。原発なんかなくていいという普通人の反応をよそに、推進派は巻き返している。どうしたらいいのやら。福島第一の事故で大変なことになったというのに、人間の健康を侵してしまうこの被害の事をろくに一般に報道しないで、進めていこうというこの態度。全く理解することができない。
やはり彼らは事故による被害というものを極力見せないようにして、何とか復興していってるんだと言おうとしてるわけだ。
本当のことを教えられずに言われたとおりについていくのはもう止めにしないと本当の未来はないが、どうしてそんなこともわからないのかなあ。
ともかく、皆がそんな原発推進なんていうのを良いと思っているということはないんであって、少なくとも自分はあくまで反対の立場をとろうと思っている。
原子力は核であり、核についての報道を見てわかるとおり、大変な力を持つものである。通常とは違う、その影響の大きさがなければ問題にされないはずである。
食べ物や水や空気という生命の存在自体にとってなくてはならないものが汚れてしまい、元に戻すことはできない。これからの日本社会は大きな代償を払っていかなければならないのに、責任ある者たちが責任者としての行動をとらない。最低だ。
どんなきれいごとを言ってももう信用できなくなっているのに。論理も正義も倫理も何にもない。

人の顔色見てないで

人の顔色ばかり見ていないで自分の信念をきちんと持って行動原理にすれば良いのに、何で一番賢い人たちからしてそういう風にできないんだろう。考えるだけでも腹立たしい。
原発を再稼働しようという電力会社の圧力はものすごいらしく、自民党は推進するのだから歯止めがきかないのかもしれないが、私はどう考えても反対だ。一般人の力は小さいが止めるようにともかく小さい声をあげなくてはならない。この問題に関しては、絶対に譲れないと思う。
どんなに黒を白と言い、放射能の被害は少ないと思わせようとする勢力が強いとしても、やっぱり止めてもらわないと日本人としての未来がなくなっていくと思う。
本当に許されないことばかりが罷り通っている。人の顔色やら権力やら金やらそんな物を見るな。そんな物を行動規範にするな。

主観のみ

子どもの時にいろんなことであんたが悪いと言われてそんなことはないと反発しつつ、人から見てそういう風に思われるということは自分が悪かったんだろう、客観的に考えなくては、などと思ってきた。しかし、実際には客観的に自分自身も含めて周りも世の中全体も見られるという人はほとんどいない。というか、どんなにそういう風になろうと思っても客観的というのを実行するのは不可能なんである。自分自身の立ち位置というのが決まっている以上、自分の視点からしか考えられないのだ。自分を中心にしてそこから広げていってという風にしか人間は考えられないのだなあ。そこにやはり権威とか宗教とかがないと完全に皆が利己主義になるのを防ぐことはできないのかも。

金のみの論理

何もかもこの世は金である、というのがますますはっきりしてきた今日この頃。とはいえ、そのお金のためというのは金持ちがより金持ちになるためであり、貧乏な人たちのことは考えられていない。
命よりも何よりもお金、よりかっこよく言えば経済のためである。政治は本当に庶民生活を良くしようとは思ってないんだ。自助努力が求められてもどうしよぅもないものがあるんだなあ。なんか、本当に絶望的。

本当は真っ暗闇

原発事故が起きて以来、前とはすっかりいろいろな物に対する感じ方が変わってしまった。例えば健康に関することにしても、一方で放射能の被害が様々な健康障害となって表れる、ということが言われている一方で今までと変わらずメタボの事が問題になったり、アンチエイジングが話題になったり。いろんな病気の検査を受けなさい、それが病気がひどくなるのを防ぐから、とかって言ってるくせに福島の子どもの甲状腺に嚢胞がたくさんできてるのが見つかっても今度検査を受けるのは2年後でいい、とかと言ったりする。放射能の影響が本当はいろいろ出るんだろうけどもそれはあまり対処のしようがないからなのか、放射能関連の検査はそんなに受けなくていい、心配しすぎが問題だ、とかっていうのだ。ほかのことはタバコにしても栄養にしても運動のことにしてもいろ~んなことをいうくせに。

言われてないことが本当に大事な問題を含んでいるのに違いない。全く、不都合なことは隠して言わないようにして、本当の事がわからないようにしているのだ。それにしてもあからさまだなあと思う。
放射能はきっと知らないうちにみんなの体に影響を与えて、これから先の日本人のいろんな病気の発生率を上げるのは確実。それでも本当に変なことがみんなの目に明らかにならない限り、それの影響であるとは言えない、とか何とかいうんだろうな。
大事なのは命の方なのは明らかだが、本当の事を言うと皆ががっかりしてやる気もなくなってしまうかもしれないし、そんなのよりはまあまあ、とか何とか言いながらごまかしごまかし他のものに気をそらさせながら何とか切り抜けようと思っているのだろう。でもそんなの嫌だし、どんなことが表れてくるかもわからない。

毎日の食べ物は心配の種。これを食べても本当に大丈夫なのか。おそらく。今すぐには影響は表れないし、当分しばらくは表れないだろうけどだんだんと蝕んでいく。そんな時代なんだな。

以前核戦争が起きたら大変なことになるとよく言われていたころがあったが、今は核兵器でなく核の平和利用の結果が世界を滅ぼすかもしれない時になっているらしい。日本にたまっている核のゴミの事を聞くと本当に恐ろしい。ためておくプールはいっぱいになりつつあるし、再処理工場は働かないし、動いたとしても莫大な量の放射性物質を出していくんだし。
やっぱり核は普通の人間のどうにかできるようなものじゃあない。明日の仕事と金がなくなるのを恐れて今まで通り動いてくれないと困る、とかっていう地元の人はそりゃ大変だけど、それに代わるものがあればいいはずだ。そんなことと比較できるような問題ではないのだ。経済は確かに大切だろうが、比較できる問題ではない。

いろんな問題で日本は最先端をいく。だけど、この問題で滅ぶ最先端、っていうのだけは嫌だ。非常に考えにくいことではあるが、真っ暗闇に向かって突進したくはない。絶対ここで止めるよう、頑張らないとだめなのだ。

このままうやむやにしていいのか

自分にとっては原発の問題というのは相変わらず大きいけれども、世間的にそんなに騒いでいる人がいないような感じなのはなぜ?
原発廃止を求める人というのは結局、放射能による被害というものは大きくて人間にとってそんな被害をこうむってまで原発なんかに頼って生きていくことは必要でない、と思っている人だ。
そうでなく、態度をあいまいにしている人というのは被害は限定的である、ほとんどの人間にとって影響は少ない、進めていくことによる経済的な利益というものが必要だと思っているということである。
実際にはどうなのか。被ばくの被害というのはどのくらいなのか、きちんと共有されていないし、進めていく人たちにとって都合のいいことをいう学者や医者が大勢いて本当のことが知らされてなかった。この人たちはうそを言わないだろう、と思っていた人たちが平気な顔でうそをついていた。だから、より安全な物を作れる、再処理だってもう少しなんだからやらせろ、とかっていうのは信用できない、本当は彼らが言っているよりずっと危険なのに違いないということをみんなから思われているわけ。

柏崎刈羽では地震が起きた時きちんと制御棒が入って大事には至らなかった、とか女川はだいじょうぶだった、本当に安全な原発まであと一息なんだ、とかっていうことを言っている人たちは確かに自分たちの今までやってきたことの全否定になるようなことにはしたくないだろう。しかし被害が起きた時の事までちゃんと想定してそれを知らせたか、というとそんなことはない。
とんでもない事態に陥る可能性があるということは福島でしっかり証明された。ちょっと疑わしいくらいで止めてしまうことはできないとかって言うのは本当に頭で考えるだけのことだ。原子力は人間には制御しがたいものである、って世界中で認められそれでも何とか今まで出てきた核のゴミを何とかするために働きます、っていうのが本当だ。疑わしいものはこの場合にはやってはいけないことなんだ。どんな理屈をつけて再開、推進しようとしても反対です、ってしっかり言わねば。

あきれ返る

昨日の選挙、あきれ返るほどの自民党の大勝利。公明、維新とかっていうのもたくさん議席を得て保守から右翼でほとんどの議席が占められてしまった。これは・・・かなりやばいのでは。もう戦前の大政翼賛会というのと大して変わらないかも。
それにしても驚くのは、得票率にしたらそんなにでもないのに議席数がすごいということだ。こんなのあり?いっそのこと全部の議席を政党ごとの得票率に比例させて決めてくれた方が納得できるくらいだ。それぞれの地域ごとに必要な人がいるんだから全くそういうわけにはいかないんだろうけど、あまりの差に本当にあきれ返る。
これで全面的に支持されました、って言って好き勝手なことをされてはたまらないなあという気がするんだけども。原発の事なんかも推進すると言っているし、非常に困るわけ。一つ一つの問題を皆でしっかり反対意見も聞きつつ討議して皆の考えを入れながらいろんなこと決めていってほしいと思うけどなあ。

選挙の日はしんしんと雪


今日は大事な衆議院選挙の日。自分の選挙区にはこれ、と思う人はいないんだけど。でも珍しく朝一番にもう投票に行った。原発は絶対やめてほしい。憲法の改正して欲しくない。醜悪な憲法だって書いてあったが(自民党の広告には)どこが醜悪なのかその文章のひとつひとつちゃんと言え。変えたくないのは文章じゃなくてそこに書かれている内容だ。主権は国民にあり戦争はしたくない。基本的人権が守られている国にしたい。そういうことが書いてあるから今の憲法が好きなんだ。
なぜ戦争ができるように今変えなくてはならないのか。自衛隊が存在し、防衛費に予算をとってあるのにわざわざ国防軍とかというのに名前を変えていく必要があるのか。紛争の原因を自分で作っておきながら解決策は武力に頼るなんて、おかしいではないか。外交努力をちゃんとしろ。
どういうことになるのか結果が恐ろしい。しかし、意見をみんなが正々堂々と言えるようになることが最も大事なことだ。言わなくちゃだめなんだ。

無題

今度の衆議院選がどういう結果になるか、気になるので新聞やネットで見てるけど、なんでそうなるの?って思うことが多くて本当にこの先どうなっていくのか心配になる。
原発はすごく大きなテーマだと思ったけど、みんな選挙になると原発はいずれ廃止、見たいなことを言う。大飯を再開させて大間を建設再開させた野田が自分たちは原発ゼロに向かって進んでると言ってるし、推進の安倍はエネルギーのベストミックスを3年で決めるとか言って、推進なんだということは言わない。選挙の時は一般受けのソフトな言葉を使ってるけど終わったら強引に進めるというのに逆戻りだ。言ってることだけ聞いてたら本当に原発廃止を訴えている人もそんなに違うことを言っているように聞こえないなあ。
原発を本当は一番のテーマにして欲しかったなあ。みんな一体どう思ってるんだろう。食べ物の中には必然的に放射能が含まれていると思うが安全基準というのでごまかして大丈夫なようにしてしまってる。これで日本人の健康はかなり危険に晒されているはずだが、影響が出てくるのに何年かかかるから因果関係をはっきりさせられないせいか、なされるままになってしまっている。放射能の被害をどれくらいしっかりと認識するかというのが原発問題に対する態度を決めるもとになっているのだが、それがしっかり意識されていない。だから直接自分自身の身の上に降りかかってくるかもしれないのにぼやっとしていられる理由だ。普通の感覚の人間が普通に捉えて容認できるものではないんだ、原子力って。それを何ともないように見せて金儲けに使われてきた。やめさせなければ気持ちがおさまらない。
それにしても…何でこんなに右に寄ってしまったのかなあ。憲法って今でも守られているという感じはしないが、それでも国民主権とか戦争放棄とかっていうのは大変な犠牲の上に成り立っているというのに、なんでそんなものまでなくしてしまわないといけないのか。
なんでもかんでもまだ問題になっているうちに進めてしまって既成事実を作ってもう反論できなくしてしまうのが今までの国のやり方。赤いものだって白だって言えるし、なんだって言える。こんなやり方を続けさせられないと思うけどなあ。市民運動の声って、そんなに小さいのかなあ。

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