興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ
食事作りは毎日の家事の中で本当に大きな位置を占めている。この頃は前のように冷凍の素材なんかもあまり使わないから、買うものが限られてしまう。肉、魚、野菜、果物、あとは豆腐や納豆。ということで、いつも大体同じようなものしか買っていない。その中から献立の工夫をするのでは、いつも同じようなものになってしまう。献立作りって大切なことなのかなあ。
いつもの献立ははっきり言ってむちゃくちゃである。洋風のに和風のがくっついていたり、味が合わなかったり。考えるべきことはその日の食事がトータルで栄養が揃っているかどうかということで、一つ一つの料理の作り方ということではないはずなのである。そこができていないところだ。もう少し一食一食なら全体を考えればいいんだけど…。
今日は昨日一玉50円で買ったキャベツにハンバーグの種を詰めたキャベツのひき肉詰めを作ったのだが、これなんか洋風な感じだ。はっきり言って豪快な料理だが、最初からの献立としての考えがなかった。最後になって果物のヨーグルト和えを作ったわけだが、その料理に夫と子どもはイカの塩辛を出してきてご飯に乗っけて食べてしまった。決して良い組み合わせではないと思う。
家事家計講習会は4日目を過ぎた。今週は毎日なので、早く寝ないといけないのだが、なかなかそうしないのが自分のよくないところだ。しかし、明日は内容的には今日と同じなのでまあ大丈夫だろうと思う。
昨日は表係だったから結構楽だったが、やっぱり司会は本当は緊張する。こんな司会じゃあだめなんだろうなあ。それほどだめだとも思わないんだけど。お客さんが少なくて、家計簿の売れ行きも悪いので、年配の人たちは昔とは全然違うと言うが、それは当然だろうと思う。だって、今は非常に様々な情報があるんだから、いろいろなことを知っている人が多いんである。しかし、その情報は本当はメディアによって選択されたものだ。偏っていると言っていいとおもうのだが。身近なものが軽視されてると言うか何と言うか、そういうことはあるだろう。
家計簿はしかし、そんなに簡単なものではない。普通はつけるところで挫折するのに、予算のことなんか言ってるし。自分としてはパソコンでつけるのは好きなのだが、それは早くできるから。必死でつけても集計したものに目がいかなければどうしようもないんである。その辺のこと、わかってるのかな?
今日は中標津友の会の講習会で中標津まで行った。
今年の釧路の内容は食に関するものばかりだったから、中標津の環境-光熱費の削減-というのは結構印象に残った人もいたようだった。
なかなか環境問題への取り組みというのは進んでいかない。普通の家庭で二酸化炭素の排出量を減らそうとかって言っても、なかなかやる気にはならないもんだ。自分だけやってもそれほど大きな違いはないだろうし、そのために我慢するのは嫌だという気がするからだろうと思う。
自分自身を思っても、一時電気を減らそうと思って使わないところのブレーカーを下ろしたりしたこともあるのだが、そういうことをするのは結構大変である。いつも思っていなければすることができないからである。それよりも効果的なのは、テレビを見る時間を減らしたり夜寝る時間を早くすることなのだろう。それにしてもかなりの努力をする必要があるんである。自分の家の光熱費を減らすことに大きな意義を見出す人でなければなかなか長続きすることは難しいのではないか、というのが私の見方だ。
本当に一つ一つの家庭で光熱費を減らさなければならないのか。どうにもこうにも立ち行かなくなってこのままでは地球は人間が住むには適さないところになってしまうのか、そこのところの見極めというのが大切なことになっている。
このブログは自分のためである。人から見られることはないと思う方が自分にはやっぱり書きやすい。人とのつながりを求めることが主な目的のブログもあるということは知っているのだけれども、今のような使い方では他の人が見ないという安心感の方がずっと強い感じ。
忙しいときはしょうがないが、いろいろなものに興味を持ち、疑問を持ち、それを解決したり調べていくことをやっぱり一番大切にしたいもんだと思う。
家計の話の最初にしゃべること、今までよくよく聞いてはいなかったから自分が今までのものではなく新しくしようと思っても前のものとほとんど変わりはしなかった。
今までのものもそれなりに、というか、十分に立派なものだったということになりますんで、伝統のあるものにはそれなりの価値を認めなければならないということがわかります。今まで少し傲慢だったかなあ。
全く新しいのをつくろうとかそういうことを思ってもなかなかそうは行かないもんだなあと思いますね。
休みが三日目になるともう家事家計講習会から大分離れた感じがして、今日はつい本屋さんでかなり長い時間立ち読みしてしまった。
こういう時やっぱり自分自身気になるなあと思うのは、宇宙のこととか生物とかのことを書いた本である。本当の世界はどうなっているのか、ということはこういう学問でかなり追求されているのだろうが、それでもわからないことだらけなのだ。人間の意識とかのことだって。宗教的なことだって。本当はどうなっているのかというのはわからなくても知りたい。多分、本を読んだって本当にわかるわけではないが、やっぱりそのことを追求している人たちが何と言っているのかというのは知りたいことだし、どこまでどんなことがわかっているのかに興味がある。
人間社会の世俗的なことは確かに面白く、そこにこそ物語があるわけで、それはそれでやっぱり追求したいと思うのだけれど、この分野は自分にとっては最後の最後まで忘れたくないところだ。
リラックスして筋肉の力を抜いて肩こりなんかのない生活にするのって、大事なことなんです。しかし、夜になるともうすっかり疲れてしまっている。本当は夕食つくりなんか嫌いだ。だけど、義務感を感じながらやっている。疲れすぎているときには何かをやる気力なんかなかなか起きないんである。それなのに、次の日のことを考えて用意までしとけ、というんだから。確かに次の日の用意をしておけば朝は楽になることはわかっているんだけれど、夜にそんなことをすることなんか到底考えられないくらい疲れてるんだ。
リラックスの方法はこの前「ためしてガッテン」でやっていたから、少し覚えた。ちょっと瞑想に近いかな~とも思った。筋肉のスイッチオフにすることが肩こり状態を解消する方法なんだって。ほんとに疲れているときは肩もこりこり、カチカチだ。少しそういうのをやってみよう。
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