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疑問の勉強

興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ

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鳥インフルエンザ

この頃鳥インフルエンザが発生した、というニュースが多いのだ。この前から宮崎県でたくさん出てるし、今日は岡山県でも発生したと言っていた。だんだん人間の世界に近い鶏が今日毒性のN5H1型というのにかかって死んでいる。死んでないのも一緒に処分されている。人にうつることがないといいけど、予言されてた通りの道をたどっているのが何だか心配。wowowでやってた「リジェネシス」というカナダのドラマが現実と似通ったストーリーで一歩先を行ってる感じだったのがやけにリアルだった。

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やっぱりそうか

やっぱり内観は人に見せない方がいいですよ、というのを江原さんも言われているということで、人に対するメッセージとして書くのと日記は違うということがわかります。そうだよね。やっぱり自分にしか見えないというのはいいことなんだ。というか、自分自身を振り返ることができるようになるにはやはりあまり雑音を入れないほうがいいのだろう。そうでなければ自分を見ることなどできないのだし。


ネットで書くことの意義

昨日、一昨日とパソコンのインターネットへのつながりが悪く、すぐに切れてしまう状態が続いていた。今まで結構安定して快適だったのになあ。何だか、インターネットにつないで書くことの意義はそれほどないような気もしてくる。しかしだ、こうして書いておけばどのパソコンからも見ることができ、携帯でも読むことができるのである。自分自身しか読まないが、その方が却って安心していられる。メモとして携帯からも送れるのだから、やはり自分にとっての利用価値は非常に大きいのだ。そう思おう。

つながりが良くなることを願って使いましょう。

The ultimate problem

本当の姿を知るということが究極の目的になるわけで、そういう意味では"the presence of god"は本当に大きな問題になるわけ。

さっきから英語で書いたのを貼り付けようとしているのだけれど、どうしても本文として認識されない様子。要するに、もう少し自分自身考えて見たいということである。

安定性、簡単さが必要

一つにまとめようと思ってこの前始めたブログは何だか記事を送るのが失敗したりすることが多くて、あまり使い良くない。その点ここはとても良い、と思う。まあ、何を書くかというのが本当は大切なんだから、この前始めたのをまた止めても良い。何だか知らないけどたくさん作りすぎているとは思う。ココログをしっかり使えばそれが一番いいのに、とも思う。

またもう少し考えよう。

神の存在についての論争

ドーキンスとコリンズという2人の学者が、神の存在をめぐっての議論を展開。(タイムの先週号で)。

2人とも生物学者なのだが、神が存在するかどうかについての意見は分かれる。ドーキンスは完全なダーウィン派で、生物は生存競争によって進化してきたという説。コリンズさんはヒトゲノムの解析の責任者だったぐらいの大物生物学者らしいのだが、神の存在は科学と矛盾しないという立場。

ドーキンスがこんなことを一生懸命言って本も書いているのは、多分今のアメリカの社会への警鐘と言うか、そういう意味も持っていると思う。極端といえば両方とも極端だが、コリンズさんのような立場が一般的かなあ、とも思うのだけど。

でも…本当は一体どうなんでしょう。わからないなあ。この世は本当に美しくて言葉にならない気持ちがする時だって、もちろんあるんだけど。アインシュタインがスピノザの神は信じると言ったのと同じような意味で、私にだってそういう気持ちはあるのだが、それを聖書の言葉とのつながりなどで言われるととたんに冷めてしまうのです。

それなのに、完全にキリスト教、バイブルの上に立った友の会の立場というものを容認せざるを得ないというのはどう考えればいいのでしょうか。

全国学力調査復活

今年の4月から全国学力調査が復活するということで、「予備調査」というのが実施されたらしい。それで、新しい問題は今までの問題よりははるかに読解力や記述力が必要になるらしい。現場の先生の中には、戸惑いが広がり研究者たちは評価しているということだ。

PISAという国際的な学習到達度調査で、日本の子どもは読解力や数学的リテラシーというのが低いという結果が出て、学力低下というのがすごく問題になったのだ。

確かに、子どもたちのそういう力は高くはないだろうな~、という予測はつく。あんまり考えずに感覚で反応する、というのが社会に蔓延してるもの。計算そのものの力だってもちろん大切なんだけど、自分で考えるということをあまりにも軽視している結果、こうなっているんだよ。そう簡単には解決できないだろうけど、落ち着いて本を読んだり人の話を聞いたりすることがもう少し社会全体できるようにならないといけないだろう、ということは想像がつく。

学校では試験や大学入試のために勉強している、と思っている人が多いんだから、試験の問題を変えることは確かに普段の授業を変え、生徒に期待する学力も変わるのかもしれない。そういう意味では今現在の先生方にとっては対処しにくいテストなのかもしれないけど、学校教育が変わる一つのきっかけにはなるのかもしれない。

最近のニュース

このところ、嫌なニュースが多い。

ワイドショーなんかを一番にぎわしているのは夫や兄弟を殺して遺体を切断!という事件。兄が妹を殺したというのが大きなニュースになって騒がれていたが、この頃は妻が夫を殺したというやつ。何でこんな事件ばっかりなのだろう。そして、ワイドショーなんかはそればっかりに一点集中して報道するんである。

そして、2,3日前から鳥インフルエンザが発生。毒性の強いH5N1型らしい。人間にもうつる力を獲得してインドネシアなんかでは結構たくさんの人が死んでいる。これは本当に怖い。きっとノロウィルスなんかの比ではないが、どうやって対処していくのだろうか。この前までWOWOWでやっていた“レジェネシス”という番組の中の展開がそのまま、という感じで怖いものです。

こうやって毎日いろいろなニュースが報道されているのである。しかし、自分も最近はほとんどイラクの問題のことなんかは無視してしまっているが、本当は大問題なのだ。アメリカはどうなるのかしら。もしアメリカ軍が撤退したらイラクの情勢は良くなるのだろうか。

Epilepcy

この頃聞いているポドキャストにAll in the mindというのがあるのだが、そこでこの前聞いた話に、Epilepcy(癲癇)の人の話があった。治療のためには薬を飲んだり、脳の手術をしたりすることがあるらしいのだが、興味深かったのが、そこに出てきていた女の子の話で、発作が起こる前にはオーラが見え、実際にはいない男の人や女の人が表れて安心しなさい、といったり励ましてくれたりするらしい。その子は手術をして発作はなくなったようなのだけど、心のどこかではそういうのを何となく期待しているようなところもあって見えなくなってちょっと寂しいと思っているようなのだ。

この話を聞いて「へー」、と思って今流行り(?)のオーラのこととか守護霊とかの話を思い出したんである。オーラとか前世が見えるといっている人は何かこういうのと関係があるのだろうか。

また、hearing voiceというのも前の放送の時にはあって、それも「へー」、という内容だった。何かそういう、現実でない声が聞こえるという人は案外多くいるらしい。配偶者をなくした人の30%ぐらいは声を聞いたことがあるとも言っていた。それがいつも聞こえて無視することができず、長い間病院に入っていたが付き合い方を覚えて今は普通に暮らしているという人の話もあった。犯罪の原因に声が聞こえた、というのを言う人が時々いるのだが、それもあながち嘘とはいえないのかもしれないというのが本当かも。それがschizophreniaの症状なのかも知れないが。

いろいろ、霊とかなんとかそういうのを最近はよく聞くのである。本当にはどうなのか、全くわからないことだ。脳、精神の病気として片付けていいものなのか、本当に霊とかというものがあるのか、そこはわからないと思う。神様の存在を考えることだって、同じようなものではないのか。今週のタイムにドーキンスとコリンズという2人の科学者の神の存在についての対談があったが、それは明日読んでみたいと思っている。世の中をよく見ることから実際の、本当の世界のあり方というものがわかるものだろうか。

世の中は進歩している

ウェブもどんどん進化。なかなかついていけないかも。でも今から調べてみるのです。
携帯からできることも多い。もっと使えるようになりたい。

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