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疑問の勉強

興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ

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エコ関連の経済効果

このところ、環境は非常に大きなテーマになっていて、経済を牽引する役割を期待されるようになってきている。エコカーとか、エコハウスとか。電気製品も買い換えると今までよりずっと省エネになる、というのが多い。新しいものに買い換えてもらうことによる経済効果は大きいわけだ。常に新しい物を出していかないと、消費者の関心を引けないということもあり、それで常に進歩していると言う感じも生み出せるわけである。
前のように経済発展できないのは、一応人々に今のところでもう既にいろんなものが普及してしまっていて、それ程大きな必要性を感じないからちょっとぐらい目新しいものがでたところで、すぐに買うと言う決断にはいけないわけである。それに金額もあるし。
エネルギー生産の方法と利用の仕方が大きく変わる時期に多分今来ているのだろう。ここで大きな変革があれば、それでみんなの生活は一変するし、経済だって持ち直すのだが。それまでうまく何とか持ちこたえていって欲しいものである。
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集中する時間を作る

今日は暇だった。会の中での仕事が変わり、今までやったことから開放されたということは時間的に大きな余裕を生み出したので、もう少しやることに的を絞っていけばかなりのことができるはずなのだ。実際には気の散ることが多いが。
この前からたくさんの本を読もうと思って準備しているのだが、なかなか読みに取り掛かれない。これは動画なんかを見てしまうためである。ラジオとかオーディオのポドキャストとかならまだ何かをやりながら聞くことができるが、ドラマなんかを見始めるとやりかけていたことが止まってしまう。物を書いたり、本を読んだりするためには話し言葉のラジオなんかではなく、クラシックとかの音楽だけを小さい音にしておくぐらいの方がもちろん集中できる。だからやりたいことをやるためには、どうでもいい動画なんかを見ていないほうが良いのである。
もっとも、脳の活性化という点では、一つのことだけやっているより2つのことを同時にやった方が良いらしいのだが、集中してあるものの結果を出すことは必要である。
昨日だかの新聞に斉藤孝先生がまず30分間集中するのを目標にタイマーをかけて仕事をすると書いていたのを思い出し、今日本を読むときに30分のタイマーをかけてみた。結構読んだと思うのになかなか30分が来なかった。ひょっとしてタイマーが壊れているのでは、なんて思ったけどちゃんと動いていてあと12分ぐらい残っていた。30分の集中も難しいのか…、とちょっとがっくり。結構集中力はあると思っていたのに。
まあ、何をやっているか、ということが問題にもなるのではあるが、時間の使い方を自分でコントロールすることも大切なのだと思ったのだった。できるまでにかかる時間でだらだらやるんでなく、これだけの間でやろうと思って気合を入れてやることも大切なんだ。

環境が変わると気分が変わる

部屋の模様替えなどをすると今までと動線なども少し変わってきて、いやすい場所なども少しずつ変化するのだ。それで、気分が変わり、ちょっと新しい気分になる。

それにしても…。今年は特に予定していたわけではないのだが、いろいろ家の手入れをしないといけないようだ。簡単に思えるカーテンの付け替えなんかでも、結構手間取る。センスの良い部屋に住みたいと思いながらもまあ良いか、とかと思ってしまうとだめなんだろう。
まあ、装飾的なものは良いとしても家の設備として大切なものはちゃんとやっておかないと…。ちょっとしたことでも結構面倒なもので、いざやり始めると大変なんだなあと思う。
まあ、ともかく・・・気分を変えて、やり始めよう。

天然ガスに切り替え

昨日から天然ガスへの転換のため、ガス器具の部品交換をし、今日終わった。市内では遅い方。三日間かかると言われたが、二日でやってもらった。もう既に終わっている人の話だと、ガスの使用量はかなり少なくなるらしい。ガス会社の人もそういっていたけれども、料金的には今までと同じぐらいになるように計算するんだそうだ。去年CO2の排出量を計算した時都市ガスは使用量に2.1をかけ、天然ガスは2.3をかけるということだったから、料金的には同じ位でも使用量がかなり減っていれば、CO2の排出量はかなり減るということを意味するのである。天然ガスは環境にやさしいことを意味しているわけだ。本当に使用量が減るといいなあと思う。


ノートやメモの利用

いろいろなところでノートやメモをとるのだが、それをどういう風にしたら効率よく適切にできるかというのが一つの問題だ。人の話を聞きながら書くのは結構難しく、要点をつかんで落ちなくとるというのが肝心なところなのだと思うけれども、なかなかそれができないのである。
それに、書いたものをどう活用するかということも大切だ。どんなノートを使ってどういう風に書くかというのもよく話題になっております。
手帳とメモとノート、そういうものをどう活用するかということもある。手帳は大体がスケジュール管理で、メモは思いついた時にササッと書くもので、ノートは割と考えをまとめたりするのに良いという感じ。
書く内容も、何でも一冊の中にどんどん書け、という人もいるし、テーマごとにそれぞれノートを作るという人もいる。

自分がもっと良くしたいなあと思っているのは、会議とか話し合いのノートで、確かその時に書いたはずだと思っても後で見てなかなか捜せなかったりするのが結構多いこと、ダラダラ書いていてどれが大切なことなのかわからなかったりすること。覚えとかないといけないこととか、記録しておくべきことを記録してなくて後で困ったり。それでも、よいと聞いたものは割合試してみていて、マインドマップみたいなのを書いてみたり、4色ボールペン+シャーペンの5種類が書けるのが良いと聞いたらそれを使ってみたりするのだが…。いろいろなものを一つのノートに書いて最後のページに索引を作り、ページの端に印をつけてすぐに目的のものが出せるようにするというのはとてもよいやり方だと思ったのでそれを会議なんかのノートにもつけるようにしたら、きっと便利だろうとも思う。
いずれにせよ、自分なりのポリシーを作っていろいろな工夫をさらに取り入れていくようにしたら良いです。

なければないで何とかなる

パソコンを使うというのはもうすごくあたりまえのことになっているんだけど、自分の周りの人たちというのはそれほど使ってはいない。パソコンなんか使えなくたってたいていのことはできるわけなんだし、記録をとるのだってなんだって、ノートに書けば良いわけなんだから、別にパソコンできるようにならなくてもいいと思っている人が結構大勢いるのだ。いまだにパソコンと聞くだけですごく構えてしまう人も奥さん方の中には結構いて、使った方が良いと思う時にはかなりのことを任されてしまう。困ったもんだ。
もちろん、若い人たちの中には使う人の方が多いんだろうけど、ほんと、なければないで何と言う事もないのである。
電話なんかが出てきたときもそうだったのだろうか。テレビやラジオの時もそうだったのだろうか。こんなにIT社会になっていても、それを使わなくてもなんともないんだから。使いはじめたらなければ済まされないものが多いが、使わなければ使わないで別に不便なく暮らせる。 こうやっていろいろ進んでいくことの意味はどこにあるのか。

ノートを手作り

すっかり気が緩んでしまって、午前中のほとんどは大型書店の中をうろうろし、
本を立ち読みした後は文房具の方へ行ってこちらもノートやらボールペンやら、
ファイルやら、いろんなものをじっくりと見てしまった。面白いものがいっぱい
あるのでそれらを見て暇つぶしをするのはいいんだが、気がつくと信じられない
ほど時間が過ぎているのだ。
ボールペンとシャーペンが一体化しててボールペンは4色のやつとか、へー、す
ごいなと思って試し書きしてみたりして、そういえばこれおすすめ、とかさっき
見た本に出てたな、とか思うんだけど、思い切って買うにはやっぱり勇気が必要
になってくるのだ。結局見るだけ…。
ノートも、まだ使ってないのが何冊もあるのに欲しいなあと思うのが出てくる。
思い出したようにしか手書きにしないのにノートや手帳は好きだ。手帳が夢をか
なえるとかっていう本もいっぱい出てるし、あの人たちのように手帳を利用して
かなえたい夢を書いていけば実現するかもしれないとか思ったりして、どれがい
いだろうかと探すんである。でも、家には使ってないのがいっぱいあるんだっ
た。そう思うとやっぱり買うのはやめる。
ところが、家へ帰ってもまだ何となく未練があったりして、うちにあるのを見た
りしてる。そのうち裏の白い紙がいっぱいあることに気づき、これをノートにし
たらどうかと思って作り始めてしまった。
裏が出るように2つに折れば白いところ2面になるから、きれいに折ってそれを端
をそろえて糊付けすればきれいなノートが出来上がった。そこで思う。これで十
分じゃないかと。確かに、お金をかけずノートができました。それを使いこなせ
れば言うことないけどね。時間の無駄だったのでは、という感じがなきにしもあ
らず。

パソコンはやっぱり消耗品か

このところ、いつも愛用しているノートパソコンの調子が悪くてちょっと心配。とても軽く使えていたのに、何だかとっても重くなってしまっている。やっぱり4,5年も経っていると限界が近づいてきてしまうのだろうか。まだまだ使えるXPなんていうのを参考にしていろいろやってみて、もう少しの間は大丈夫と思っていたのになあ。
デスクトップの方はもっと前からのものだから、かなり古くなってしまっている。まだ使えることは使えるんだけど。
こういう風あくになってくると、紙に書くということの便利の良さを再認識することになりそう。第一、書くのは結構はやいし立ち上がるまでの時間がかからないというのが良いところなのだ。かさばってくると持ち歩くのがちょっと不便な感じもあるのだけれども、ノートパソコンを持ち歩くのも結構面倒。それはそれでとっても重いわけだから。両方使いこなすというか、その時々の使いやすいほうに合わせて柔軟に対応できるということが本当はいいのだろう。

動画見すぎ

パソコンでもiphoneでも動画が見られるのでつい面白いのをみつけて次々と見てしまい、後で後悔する。動画を見てしまうとそれでもう他の仕事ができなくなってしまうからで、いつもしまったと思うのだが、後のまつりだ。何で次々見たくなるのかなあ。結局話が続くものは面白く、関連性のあるものが出て来るんでちょっと見てみようとか思ってしまうのだ。だけど、耳で聞くことだったら他の事をしながらでもできるのに、視覚が入ってしまうと、自分の動きが固定されてしまうのである。つまり、見る以外の事がほとんどできなくなる。自分の注意はそっちにいってしまい、興味のあることが中断されてしまうのは惜しいから見続けるんである。
しかし、これは何か自分で考えてみたりしようという時には完全なる邪魔になるのだ。
で、どっちの時間が大切かと言えば、自分で考えてみる時間や何かを作ることの方が大切なんである。
情報過多の時代にどうやって自分を保ち続けるかというのは大切な問題なのだ。いったん情報を遮断して自分の時間を持つようにともかくしなければならない。他で多くのことが言われたりなされたりしているとしても、そういうのを知ることは確かに良いことだが、それだけで終わらずやっぱり静かに考え直してみることが必要なのだ。

カロリス

昨日読んだ「長寿遺伝子を鍛える」(坪田一男著、新潮社)という本で摂取カロリーを押えることが長寿遺伝子のスイッチを押すことになるというのを読んだ。このことは今までも知識として知らなかったわけではないのだが、やっぱりそうかと思ってしまう。腹八分目がいいというのは良く聞くことだものね。
カロリスというのは”カロリー・リストリクション”を短くした言い方。このことでいくと今の若い女性はかなりいい線いってるのかも、と思ったら必要な栄養素はちゃんと摂らないといけないらしいので結構難しいのだが。
毎日の運動とか、食事とかがやっぱり大切なんだということを改めて考えさせてくれたのだが、自分自身にあてはめてみるといいことはいろいろわかっていてもなかなか実行できないわけだ。自分の場合運動が好きではないし、食べ物はおいしそうなものがあればたくさん食べ、かといって栄養を十分に取れているというわけでもなく、改善の余地がかなりある。運動といってもちょっとした動きをするかしないかだけでも違いが大きいらしいが、犬の散歩でさえ億劫になり仕方なく出かけていて、できるだけ簡単にすまそうとしているぐらいなんだから、心構えができていないのである。
この本を読んで、いわゆる”プチ断食”というのも良いらしく、月に一度くらいのペースで24時間断食をするといいらしい。これが細胞の大掃除をしてくれるというのだ。いつもいつも食事の準備には結構時間をとられ、何をたべるかを考えているのが主婦の生活というものだが、プチ断食には少しの間食事の準備ということを忘れさせてくれる効果はある。好きなことでもして一日ぐらい断食するのはむしろいいことなのかな。

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