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疑問の勉強

興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ

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無題

最近あまり感じなくなっていた肩こりがここのところ復活。夜パソコンやメールはあまり良くないとは思うのだが、昼間できない時は夜やるしかないではないか。早く寝ることは体のためにいいからそうしようと思っても、やることが終わらなければ寝ることができないのである。時間の使い方とかというけど、結局やるしかない。
自分にとってのクリエイティブな時間を作るということが、精神的にみたら必要なんだとおもうけど。
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キノコ採取会

今日はキノコ採取会に参加して、はじめて自分の手でいろいろなキノコを採った記念すべき日かもしれない。キノコは売られているのを食べるのは好きだが、あんまりたくさん種類がありすぎて間違ったら大変だと思うから今までとったこともなかったんだけど、今日のはキノコの会の採取会だから、キノコの専門家のような人がたくさんいてとった物を並べて説明を聞いたりしてとっても勉強になった。採った物の中で食べられるものだけ残してもらって、後は捨てて来たのだけれど、一回くらいで見分けられるようになるのは無理かな。せめてボリボリだけでもちゃんと見分けられればいいのにな~。
普段の歩きが足りないことは明白で、歩いている途中からもう足が痛くなってきた(ふくらはぎが痛い)が、そんなことを口に出して言わず、もっと普段の歩きを多くしてこんなの何でもない、というくらい強くなる必要があるだろう。足は強化するというか、普段使うということが一番いいことなんだろう。やっぱりもっと歩かないとな~。

東城さん講演会

昨日は東城百合子さんの講演会を聞きに行った。ああいう偉い先生なんかになるとやっぱりパワーが常人とは違うんだろうなあ。何でも無料にしているのがすごいなあ。本当のメッセージに対しての考えというより、人のために無料でだして、それで自然とうまく回っているらしいのが不思議で。いちいち計算しているより、自分の利益なんかを考えず本当にやろうと思うことをやってしまうほうがお金なんかも回るんでしょうねえ。

時間の使い方

自分の時間の使い方、最近は非常に無駄が多いというか、ぼんやりしてしまっているというか、とても有効に使えているとは言えない。手帳などできちんと予定を管理して、todoを沢山ズラッと並べて、それをどんどんこなして行くなんていうことは到底自分にはできない相談だ。時々はそういうのを雑誌なんかで読んだりしてできるかもしれないと思ったりするのだけれども、ほんの少しやるとそういうのには疲れてしまう。 自分の好きなことに没頭してそのことをやるというのが自分の時間の一番好きな時間の使い方であって、いろんな物を詰め込んでそれを要領良くやるというのはできたとしても好きな時間の使い方ではないのだ。 しかし、好きなことをするというのは理想の時間だが、実際にはもし時間が合ったとしても自分はなかなか本当にやりたいことに取り組まない。それが無駄な時間なんだろう。何で本命のことにかかる前にそんなに時間がかかるのだろうか。大切な時間は限られてしまっているのに。

落語

ポッドキャストで落語をダウンロードしてみました。わかい落語家さんたちがやっているらしいけど、楽しいもんですね。落語はしばらく聞いてなかったし、聞いたことのない話がほとんどで面白いもんだなあとおもっておりますよ。 まあ、やっているのは二つ目さんたちで、中にはとっても上手な人もいればうーん、もちょっとだなと思う人もいますがみんな一生懸命やっています。聞きながら他のことができるからいいのだ.

物が欲しくなる

家計簿のことなんかを考えているんだけれども、ほしいものが出てくる。予算生活というのはそんなにいいものなのか、自分には良くわからない。欲しい物があって、それを買えるお金があるのに予算にとってないから買えない、買わずに我慢するということがそんなにいいことなのか。ここんところを考えてみよう。
お金があるといっても一時的なものだったら欲しいからその物を買ったらその分だけ後で必要なはずのお金がなくなるということになります。だから、一時的にお金があるからと言って衝動買いすることは良くない。
お金があるというのが恒常的なもので、その欲しいものを買っても後々も順調に収入があり、買うものがそれに見合うだけのペイをするものだとすれば、買うことは無駄ではない。
物に対する見極め、本当に大事なものなのか、必要なものなのかということになるんだろうなあ。

欲しいというのは一過性の感情かもしれない。どんなふうに使うのか、どんな役に立つのか、それを使うことのメリットは何か。そういうこと、良く考える必要があるんでしょうねえ。
道具を手に入れるということはすごいことなんですよ。値段と自分の生活と相談して、買うかどうかを決めるわけなんですが、払ったものにそれだけの価値があるかどうかは使う人の態度にも依存するわけ。
自分で払った分だけは取り戻してやるぞ、という物に対する意気込みみたいなのが必要なんでしょうねえ。

部屋、引っ越そうかなあ

といっても自分の家の中でのことだけど。今使っている部屋は広くていいんだけど、机が狭くまわりに物の置場もない。部屋が広いけど窓が広いから本棚に遠くて必要な本を取りに行くのにとても時間が(っていうほどじゃあないが、立ち上がるのがめんどくさい)かかる。
その点、今まで納戸として認識されていた部屋には古いがライティングデスクが置いてあり、棚にも座ったままで手が届く。こっちの方が勉強部屋あるいは書斎としては適しているのではないか、とふと思い立った。どうなんだろう、この部屋とライティングデスクを使うのは。収納が多いから本当に便利だ。問題点は冬寒いということ。ここがやっぱり一番の問題点か。ストーブ入れないといけないだろうなあ。だけど、座ったまま何にでも手が届くというのは極めて快適といわねばなりません。最近書類が多くなってそういうものの整理もなかなかできないのが問題だったから、この部屋は魅力的だなあ。

人との協力

人間は一人では生きられないというのはよく言われていることだ。確かにその通りで、自分が生きていくためにどんなに大勢の人のお世話になっているか、ということはわかっていないといけない。このお世話になっていると言うことの中には直接接触して本当にお世話になっていると感じることもあるし、そうではなくて食べ物を生産してもらってそれを売ってもらって、というようなのもあるが。
でも、大勢の中で協力しあいながらやっていくのが良いとよく言われているのだが、実際に何かをやろうと思う時に人の力というのを結集するというのは「言うは易く行うは難し」であることもまたいえると思う。一人だけの力では足りないところは多いかもしれないのだが、それなりの論理と一貫性があるということも言えるのではないだろうか。
ある程度まで個人の力でやるということはどんなことに対しても必要なんだと思う。

武佐の森

もう一ヶ月くらいも前になるけど、武佐の森へ行った。小さな範囲なのに本当にいろいろな植生がある。
思い出したので書いておきましょう。



本当にしたい事をしているか

これは、大事な事である。本当にしたい事をしていると言えるのか。いろいろ他の事をしなければならなくて、一番しっかりやらないといけないと思っている事をいい加減というか、ほとんど何もしないまま言い訳しながらやらないままおいていのは一番嫌な事ではないか。
本当にやりたいと思っていたら他の事が忙しくてもそれをやるための時間を作らなければならない。

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