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疑問の勉強

興味と関心を持ったこと、どんなことでも調べてみる、または書いておくための自分用のブログ

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希望

自分は民主主義と自由が好きで、原発はない国に住みたい。
本当にそれしか大事だと考えることはない。
おかしな国になってほしくない。
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手を使うのだ

先日カラー診断みたいなのをやってもらって、自分に似合うのは明るいトーンの色、いわゆるイエローベースのスプリングタイプ、ということが判明した。それで今まで持っていた服の多くが(特に秋冬物は)合わない色だということがわかった。カラー診断というのは沢山の色の布を重ねて次々取っていって、似合う色を判断してもらうんだけど、鏡の前で自分も見ている中でやってもらうから自分自身にも納得できるところがある。最初にオレンジ色のを当ててもらって次の色と比べてみると明らかにオレンジ色の方が顔映りが良いと思った。
そうなると今まで持っていた中のくらっぽい色は何なの、あわないじゃん、ということになり一気に処分しようと思ったのだが(実際少し処分したんだけど)、そういうものの枚数が多いから寒くなって冬物にしようと思うと着る物がない、という事態に陥ってしまった。いろいろ一度に似合う色にしようと思うと大変なことになってしまう。やっぱり、今までのも活かしつつ少しずつ変えていくのに路線変更だ。ちょっと2,3枚買っただけでもなんかこの頃すごく服を買っているんじゃない、とかって言われてしまうし、そんなにお金をかけられるわけでもないし。 
そこで考えたのが自作&リメイクしてはどうかということだ。
今までに自分で作ったことのある衣類はエプロン、ブラウス、スカート、ワンピース、ズボン、Tシャツ、ベスト、ニット地のカーディガン、など沢山あるのだが、自分の趣味というか生きがいというか、そういうものにまでは至っていない。しかし、できないことはなくて、作り方を見ればそれなりのものを作る事ができる。最近の安い服というのは本当に安いんだけども、自分で作ったのにはそれなりの思い入れが入る。生地のバーゲンの時に良いのがあれば少し買って作ってもいいわけ。以外に良いのができる事もあるし。中古の着物はあきれるほど安くて丁寧に作った人に対しては申し訳ない様な感じもあるが、色柄を選べば普段着るものに変える事もできるだろう。ほどいて縫ったりするのはかなりの手間だけどね。
服に対するセンスがあんまりないというのが本当に自分にとっては情けない事なんではあるが、練習して少しずつでも作っていけるようになればいいんではないかなあと思っているのだが。

原発廃止法はまだない

脱原発法案というのを通して欲しいと思いますけどね~。
なんで原発廃止がきちんと決まっていかないのか、不思議で仕方がない。
だって、この前も原発事故が起きた時の避難のことがニュースになっていたが、それが本当に起きてしまったら、本当に日本に住む所なんかなくなってしまうというほどのものなのに避難なんかで済むような問題ではないのだ。
絶対止めなくてはなりません。日本には原発事故と共存できるような場所はないんである。非難してもその後の影響は大きい。福島の事故だってものすごいのにそれをなかったみたいに出来るもんか。
高いお金を出して買ったと思った家だってその時には住めなくなるかもしれないし、安定した食料を得ることだって難しいんである。
人間生活を根本的に危うくするようなものを使ってはいけないのである。
原発を推進してきた人たちは本当の事をはっきりと言わなくてはならない。利点というものを大げさに言って人間生存にとってあまりにも当たり前にあると思っていたものを否定する事はできないのである。

生活の見直しで原発なくせるか

原発は本当にいらない。大事故が起こるまで原発の危うさというのがそこまでとはとても思わなかったからできれば原発の電気を使いたくないなあと片隅では思っていてもそんなに危ないとも思わず過ごしてきたわけだ。今は、原発はやっぱりいらないと思う。ほとんどの普通の人間は原発反対だ。自分の知っている人はみんなそういう気持ちで署名なんかもすぐにしてくれたし。でも沢山の人がそう思っているとしてもメディアで大きくは報じられないし、政府の方針だって閣議決定されず電力会社は原発をまだやりたいみたいだし、原発メーカーは海外に売り込んでるし、経済界は困るという。原発反対の気持の人の方が多いのにそれは反映されていない。声をあげている人も沢山いるのであるが、それよりもやっぱり黙っている人の方が多い。今の様子見てたら声をあげないままでは原発をすすめる側の方が進めていってしまいそうな気がする。

こんな時に、毎日の電気使用量を減らすことで原発いらないという意思を示そうという人がいるわけだ。非常に立派な態度であって、みんながそれを見習わなくてはならない。だけどやりたがっている電力会社はそれで原発やめるのかなあ、と疑問に思う。何やらかんやら理屈をつけては一度進み出した道を後戻りすることはできないのが彼らなのだろう。
原発推進の理屈はいったい何なんだろう。全くわからない。今やってるのが止められない、方針転換は無理、の本当の理由はそこにつぎ込んだ金を取り返せないからか?原発がないと安定した電力がつくれないとかっていうのもよく言ってたけど、そんなのが被害を比べて先に来る理由になるのか?
どう考えてもやっぱりおかしいよね。
  生活の見直しをする人は本当に立派だ。少なくすることで必要性を消していく。自らを律する態度。それにたいして推進する方は良質の(って、電気が安定してつくれるっていうこと以外に意味がないじゃないか)電気が安く手に入るから使いなよ、使いなよ、っていうんだ。浪費主義だ。ただ、その良質の電気と引き換えにすっごい危ない事もあるし命と引き換えにだってなるんだよ、っていうことなんだけど、その点が皆の中にはっきりと意識されていない。これが問題なんだよ。実際に今問題が起きていて大変なことになっているのに、ちゃんと報道されていない、そして根本的解決をしようとしない、本当に先がないよ、って感じがする。

脳の成長

脳はいくつになっても成長するのだそうで、これは年取ったら老化していくしかないのかと思っている人にとって朗報である。脳細胞だって、前は一日に何万個も死んでいって新しいのは生まれないとかと言われてたけど、そんな事はないのだ。それに再生医学の進歩だってあるんだし。そういう脳細胞のことだけでなくて、生き方の問題と脳は関係しているんだということです。
で、最も大事なことは受け身になるのでなく、表現をしていくということなのである。
そうだろうね、何にしても外から来るものを受け止めるというのと自分から外に向けていくというのとでは使うエネルギーが大違いだからね。
何歳になってても好奇心を持ち、表現する人となるのが脳のために良いのである。
得意な事と不得意な事があるけど、まあ気にする必要はない。うまいか下手かとかいうのも関係ないと思う。
こんな風にして何であれ書いてみるとか、そういうのでも多分いいんではないかな。
自分で表現するのを忘れないようにしよう。

とにかく止めて欲しい

原発反対、反対、反対。
すぐにやめてもらいたいと思って署名やらパブコメやらも送ったし、地方で参加者少ないけどデモにも参加したんだけど、やっぱりなし崩し的に進められていってる。ちょっと2030年代に原発ゼロ、とかという声は出たけど実際にやっていることは今までと同じような推進だ。
いろんな反省は生かされていない。
経済が大事だ、大事だという声と立地の地元の進めてくれという声。
被害にあったところの人たちの様子は気にならないのかなあ。

大変なことをやってしまってなんともはや弁解のしようもない、ごめんなさい、ごめんなさい、こんな事故は二度と起こさないようにしないといけないんだけど、日本の地震の多さとか地理的な条件を考えたらそんなのとっても無理だから、もうやめます。道理的責任を取ります。

こんな風に言うのがあれだけの大事故を起こした後だったら普通じゃありませんか?
なんで進めていく勢力の方が大きいんだ。
やめてくれっていう人の方がずっと多いのに。

無知だった私たちにも原発に関していろいろなことがわかってきて、本当に今を切り抜けるためだけのもので将来に対しては何一つ良いものを残さないのが原発とか核だとかわかってきた。後始末をつけられないものをどんどん増やしていってるのにな~。
放射性物質の影響を受けたくないし、それの影響がいろんなところに出るのを見るのも嫌だ。本当のことを知らされないまま皆の生活が進んでいくのも嫌だ。


何を言われようともだまされない

毎日本当に気になる原発関連のニュース。原子力規制委員会の人事は反対の人が多数いるが、首相の判断で決まってしまったらしい。それと同時に東電は柏崎刈羽を動かすと言いだしてる。その一方で福島第一の1~3号機は十分に水を入れられないらしい。配管工事の時に落ちたプラスチックの破片が邪魔しているんだって。原発事故の収束はなかなかできないということが明らかなのに、何で推進派が巻き返して又再開しようとしているんだ。
 
甲状腺ガンの子も見つかったそうだ。これからどんな健康被害が出てくるか。それだって実際どうなのかということはおそらくはっきりとはわからなくて、かなり隠蔽されるに違いない。全く、原発には良い事がない。安定して動いている時には電気がものすごくたくさん作れるということは確かにあるんだろうが、原発による悪影響の方がどう考えてもはるかに大きい。
こんなもので潤う様な社会は絶対健康な社会ではない。止めないといけないのだ。

今たくさんの人がそう思っているにも関わらず、以前からの状態を続けたい官僚とか会社とかの方が実際に大きな力を持つ。ミクロの民は問題にしないというのは彼らの本音だろうな。それでも実際の被害というかそんなのがなければ良いんだけど、放射能はやっぱり怖いものなのだ。それを精神力というか気力というかそういうもので乗り切ろうとするのはおかしい。放射能の怖さに対する理解がどれだけあるかというのが方針を決める元になってるようにも思うけど、それが何故共有できないのかな~と思う。だって、みんな同じように空気を吸って水を飲むんじゃないのか。

多分自分が今住んでいるところは大丈夫だからなんていうのは本当に大きな間違い。薄氷を踏みながら生きていてそれを平安な日常生活だと言おうとしている。全く安心できないのにな。ともかく今は様々な矛盾、変な理論による理屈、そういうものが自然な法則によって打ちのめされている時、と言えるんじゃないだろうか。小さくてもともかくこのことにだけは反対、廃絶を求めなければならない。

美味しいけど


小樽へ行った時に食べた三色丼
特にウニは美味しかったが、こういう美味しい物が本当に安全なのかが心配な訳。ここは日本海側なんだからまず大丈夫だろうとは思うけど。そういう事を心配しないといけないという事自体、許せないのだ。

今日は金曜日

今日は金曜日。という言は反原発のデモが行われる日です。最近は地方にまでこれが広まってきている。先週はちょうど札幌に行ってて、参加したのだった。色々な人がスピーチしたり声をあげてる。今は原発ゼロの住んでる人の方が多いのに政府はそんなの無視して原子力規制委員会の人事も決めようとしている。大体国会に承認されないのに総理大臣が決められるなんておかしい。
皆が原発に反対なのは、危険性をどうしようもないからだ。チェルノブイリの被害は5年経ってからハッキリしたそうだけど、原発で死んだ人がいない、なんて言ってる人たちはおかしいのだ。被害はじわじわと起きてきて人々の健康をおかすのだ。本当に人が死んでしまうようなことにならないようにしなくてはいけないのに。そんな事故になってしまったら今回のようなことではすまないはず。その時に普通の人々に何ができるというのだ。
国民の生活で一番大事なのはまず健康に生きるということでしょう。空気や水は基本の基本だ。電気は原発以外の物で作れる。放射能の中に住みたくない。

原発推進の電気代は?

原子力委員会の委員というのは総理大臣が任命するらしい。国会の承認が得られないからだって。皆が一生懸命反対しているのに、全くの無視で原発推進ができる人事というのを進めていくのだ。本当に原発をやらないといけないと思っているらしい。だから原発ゼロだったら電気代がすごく上がるというし。昨夜NHKのニュースを聞いた時には平均1ヶ月16000円くらいの電気代が原発ゼロの場合には32000円になると言っていたように聞こえたんだけど、もともとそんなに高い電気代を払っている家というのは多分オール電化の家なのではと思うけど。そんなのが普通の家の平均か?
去年の福島第一の事故が収束していないのだからそれにかかる費用があるのは明らかだし、住民の方達への賠償だってある。そういうのは電気代には反映されないのか?原発維持または推進の方が電気代安いというのはそういうの全然計算に入れないで考えてるんではないの?

そのまんま推進して原発動かしたとしても使用済み燃料というのはどんどん増えていくらしいのに。いずれは満杯になってしまっておいておく所もなくなるのだ。早いこと止めて廃棄物を増やさないようにし、核廃棄物を今よりも安全な保管方法で保管しておいて欲しいけどね。

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